月夜に照らされた街に蠢く影。

張り詰めた緊張が男の心拍を高まらせる。

「……まだこの場所に隠れていたほうが良さそうだ」

男は廃墟になったビルの二階の窓から外の様子を覗っていた。

周りに人気がないことを確認する。

「……あそこには……戻りたくないんだ」

なんとかあの場所から抜け出すことは出来た。

でもいつまでも逃げていられるなど思ってはいない。

いつかは捕まるだろう。

そう心のどこかで諦めている自分がいた。

はぁ……はぁ……。

呼吸が乱れる。

体が熱い。銃弾で打ち抜かれた左肩が焼けるような痛さだ。

着ていた服の袖を破いて傷口をぎゅっと縛る。

クッ!奥歯を噛み締めて痛みを堪えた。

上手く逃げれる自信はあった。

「……あいつさえ居なければ!」


◇――――――――――――――――――――――――――――◇

小さい窓から朝の淡い光が家の中に入ってベッドに寝ている少女に夜明けを知らせた。


「…もう…朝。おはようベレヌス」

部屋には少女一人しか居ないのに、まるでもう一人居るかのように言った。

「うん、まだちょっと寝ぼけてるかも…」


少女は腕を頭の上にぐーっと伸ばして背伸びした。


ベッドから起きあがると小さい窓を開け、体を窓の外に乗り出して外の空気を鼻からスーと肺に流し込む。

秋の冷たい空気が窓から部屋の中に入ってきた。

ぶるっと冷たい風に身震いしながら着替えをする。


着替えが終わると少女は村の近くを流れる綺麗で澄んだ川に行き水汲みをする。

これが少女の朝の始まり方である。

「お母さーん、お水汲んでくるねー」

朝食の準備している母、ナルタは「気をつけてね、エマ」と言った。

靴をはきながら、「行ってきまーす」っと返事を返し、外に出た。

少女の名前はエマ=シュカナ。今年で十二歳の女の子だ。

淡い栗色の髪の毛が肩までスーッと伸びていて、肌は血管が透き通って見えるような白い肌をしていた。


エマは生まれつき小柄で病気がちだった。でも、そんなエマにもやれることはある。

その一つが朝の水汲みだ。

村にまで川の水が届かない為、自分たちで川に汲みに行かないといけない。

少女が住んでいる村は小さな村だった。人口は約百人くらいの本当に小さな村。

そしてこの村の周りは山と緑が村を包み隠すように囲んでいた。

大人たちから世界はもっと広いんだぞって何度も聞かされたことある。

だけど少女はココしか知らない。だから少女にとってココが世界の全てなのだ。

エマは通いなれた道のりを鼻歌を歌いながら歩く。

途中に自分より背の高い草のトンネルがある。ここを通るとき濃い緑の匂いが鼻をツンっと刺激する。

この匂いがエマは大好きだった。


ふふーふふふーふーん♪

草のトンネルを抜けると目の前に流れの緩やかな川が現れた。

朝の淡い光に川の水がきらきらと反射してまるで宝石が流れているように見えた。

「ここの川は本当に綺麗だね、ベレヌス」

そうだな……エマ

エマの左腕から声が響いた。

少女は二つ皆と生まれつき違う特徴があった。

その一つが『左腕から声が聞こえる』。

それは声の低い男の人の声。彼は自分の名をベレヌスと言った。

なぜ左腕から声が聞こえるのかはさっぱりわからない。


最初はこの事を親や周りの人に言っても信じてもらえなかった。

でも今では村の人たちはこの声を天の声だと言っている。

エマにしか聞こえない声。エマはこれが当たり前だと思ってた。

でも、自分以外の皆は聞こえないと知ったとき驚いた。

そして気づいた自分が皆と違うのだと。


山に降った雨が土の中にしみこみ、それが土の低いところへ流れていき、湧き水になる。

その湧き水が小さい川になり、小さい川と小さい川が集まり大きい川となるのだ


そして大きい川は海に辿り着く、とベレヌスは言った。

エマは水を汲みながら首をかしげた。

「ベレネスって何でも知ってるのね」

我は何百年も前からこの世界に在る者とベレヌスが答えた。

エマは川の流れる先を見ながら言った。

「じゃあこの川を辿れば海にいけるのかな」

少し間があいてベレヌスが答えた。

ああ……だが歩いて行くなら何日もかかるだろう……やめておけ

エマはクスっと笑った。

「ベレヌスってお父さんみたい」

エマはお父さんを知らない。自分が生まれる前に死んでしまったからだ。

だからエマにとってベレヌスはお父さんみたな存在だった。


「大丈夫だよ。それに村から出たら皆が心配す……きゃ!?」

言いかけた途中、後ろから何かに押されて川の中にエマは落ちた。




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